芥川文学から何を学ぶ?

「或る日の事でございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、ひとりでぶらぶらとお歩きになっていらっしゃいました。」

芥川龍之介「蜘蛛の糸」の冒頭である。

2015年11月10日
ーオフィスより。

おぉ〜。かっこいい。 芥川文学から始めるなんて、なんか知的な感じがします?(笑)

僕が子供の頃、朗読レコードが家にあって、その中に、蜘蛛の糸と杜子春が入っていたんです。たぶん、小学校前だったと思うけど、今でも良く覚えています。その朗読が、とっても、臨場感があって、子供心には、ちょっと怖かったように思えます。
 
地獄の底に一本の蜘蛛の糸が、落ちてきて、それを見つけた、一人の罪人が「しめしめ、これを伝って登っていけば、地獄から抜け出せるかも・・・」とせっせと蜘蛛の糸にしがみつき登っていくんですね。
しかし、下を見下ろすとたくさんの罪人がその蜘蛛の糸にしがみついていた。
「なにやってんだ、これは俺の蜘蛛の糸だ。降りろ! 切れるだろう」と叫んだ瞬間。ブッつりと糸が切れる。
 
これは、全て、お釈迦様の思し召しにより、蜘蛛の糸が垂れてくるわけだけど、
「自分だけ助かろう」という心に、お釈迦様から見放されてしまった。
 
杜子春では「何があっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです」という言葉で終わる。
 
今、思うと、杜子春も同様に、道徳的な内容です。それを、恐怖心から、教えるみたいなところがあるようです。
 

子供の転落事故多発!

なんで、こんな話しをしたのか、というと、子供がマンションの手すりから落下する事故が多いんですね。そして、先日、あるお客様とお話ししていたら、こんなことを言われていました。
 
「今の子供達は、ジャングルジムや滑り台、木登りなどの遊びが、グンと少なくなって、高いところへの抵抗感・怖さが少なくなった・・」
  
こればかりではありませんが、子供の頃の体験って大切なんでしょうね。
それが、人格を形成し、大人になっていくワケですもんね。
 
しかし、偉そうなことを言いましたが、
実は「蜘蛛の糸」により、僕が子供の頃に強烈に感じたことは、残念ながら「自分だけ助かろう」ということからの教えではなく「蜘蛛は人を助けてくれるんだ、だから、蜘蛛を殺してはいけない」ということでした(笑)
  
どんな風に感じるかは、それぞれだと思うけど、子供の頃の体験って大切ですよね。
  
あなたは、子供の頃の体験により、今もそれが自分の生き方になっていると思えるものがありますか?
 
 
それでは
ーのしろ
  
  

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